I*D-アイディー

ジュエリー、実践心理学で、30代40代50代女性の人生を変える、生き方を変える、運命を変えるお手伝い。日本で唯一のパーソナルジュエリスト佐瑠女まきが運営するパーソナルジュエリーサロン

ジュエリー辞典 宝石別 ダイヤモンド


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ダイヤモンド

 

●コーディネート術

コーディネート術を語る…なんて、

とんでもない。

透明な輝きを放つダイアモンドは、

お好きなように、身に着けてください。

m(_ _)m

 

●宝石ものがたり

ダイアモンドは地上で最も硬い物質で、
熱に強く、酸やアルカリにも溶けず、
何者にも負けない屈折率を持っている、
純粋な炭素の結晶で出来ています。

無色のダイアモンドが一般的ですが、他にも、
黄色、褐色、緑、青、ピンク、赤、灰色、黒などがあります。

中世からルネッサンスにかけての時代、
ヨーロッパ人は、ダイアモンドが、一年の半分が昼で、残りの半分が夜の国で採れ、
運ばれてくる宝石だと、本気で信じていたそうです。

また、そこには猛毒のコブラがいて、ダイアモンドを守っているが、
結晶の上を通り過ぎるたびに身体が傷つき、
コブラから流れる毒液がダイアモンドに流れてしみこんでいる、、、とされていて、
そのため、ダイアモンドは微量だと解毒剤になるが、
量が多ければ人を殺すことができる毒薬になると言われていて、

実際にダイヤモンドを使って毒殺をはかろうとした事件があったほど…、
…ですが、本当には毒などなく、、、、
みな、無事に助かっております・笑

インドではダイアモンドのことを“バサラ”といい、
漢訳されて“金剛”と呼ばれました。
“金剛のごとき~”、とは、ダイアモンドにたとえていたのですが、
日本に経典は伝わったものの、ダイアモンドは伝わらず、
幻の宝石として崇めてきたそうです。

 

 

●癒しと活用法

ダイアモンドという名前の由来は、
ギリシャ語で、“非常に硬くて壊れないもの”という、
“アマダス”と、
“透明なもの”という意味の“ディアファネス”という、
二つの言葉が重なって、
“ダイアモンド”という言葉になつた…と、
いわれています。

ダイアモンドは、“征服されざる石”。

ダイアモンドが研磨されて、光り輝くまでは、
持ち前の硬い性質が、男性達に尊ばれ、
兵士の護符として、使われていました。

15世紀に研磨技術が発見されてから、
ようやく装飾品として使われるようになり、
17世紀にブリリアント・カットが発明されてから、
宝石の中の宝石として、光り輝くようになったのです。

不屈の信念、純粋無垢の魂、不変の愛を象徴し、
自分の呪力を高めて、
他者からの呪いを防いでくれる…と、
言われていました。

また、身に着ける人に無限性を与え、
体のエネルギーを強めてくれます。

ダイアモンドを光にあてて、
キラキラとした輝きを見ていると、

古代から人々を魅了する宝石の魔力…、
“宝石の持つパワー”というのが、どれだけの力を持つものか、

なんだか分かる気がします。

ダイアモンドは小さくて、とても高価な宝石だけれど、
やっぱり一つは持っていたい…、

…そんな宝石です。

 

●メッセージ

ダイアモンドは、純粋な炭素の結晶。

不思議なことに、
ダイアモンドの成分である炭素の波動は、
人間の脳波と似ている…のだそうです。

そのため、
人の思いや行いを、容易に磁化してしまうのが可能…、だと、
いわれたりしています。

そういえば、
昔から、ダイアモンドは、
持ち主の人柄が大きく作用する宝石だと言われていて、
良い人には良いことずくめの宝石なのですが、

持ち主が自制心を失ったり、
よこしまな考えを持つと、
その効力はなくなってしまう…、などと
言われていたそうなので、

あながち嘘でも、ないようです。

事実、サンシーや、ホープダイヤなど、
名前がつくほどの大きなダイアモンドに、
悲劇がつきものなのは、
人々の良くない想念を、ダイアモンドが吸収して磁化したから…
…なのかも、しれません。

なんだかちょっぴりダイアモンドを身に着けるのが怖くなった人、
その気持ちをどうか忘れないでください。

人は怖いもの知らずになると、
とんでもないことを起こしやすくなるものなのです。

でも、
安心してください。

あなたが良い想念を抱いていれば、
それに反応して良いことばかりを招いてくれます。

また、
ダイアモンドが磨かれ、カットされて美しく輝くように、
人もまた、ダイアモンドのように自分を磨かなければ、
光り輝くことは出来ません。

ダイアモンドは、
そうした努力をいとわない人の心を励まし、
今以上に光輝く人となれるように手助けをし、
さらなる幸福へと導く、強力な守護神として、
あなたのことを守ってくれることでしょう…。

 

●おまけ

ダイアモンドは、高温で高圧下の、
地下80kmよりも深部で出来ています。

非常に高温・高圧の中で出来るせいか、
波動測定器にかけると、
少しイライラした波動をしているらしい…のですが、

ダイアモンドが本当に、
ちょっぴりイライラしているかどうかは、

…謎です。

笑。

 

 

 


 

 

●ダイヤモンドものがたり1 南アフリカの星

1867年に、南アフリカで“ユーレカ”という、大きなダイアモンドが見つかってから、
南アフリカのホープタウンは、一攫千金を夢見る山師や業者が集まり、
町の人口はみるまにふくれあがっていました。

そんな中で、町の民政官のニーケルも、
“ユーレカ”が見つかった場所を、くまなく探しましたが、
ダイアモンドはいっこうに見つかりませんでした。

それでも、ダイアモンドを見つけた者には報奨金が出る…
ということだったので、

付近の農民は働くのをやめ、
総出でダイアモンド探しに夢中になっていました。

そんな中でも、

黙々と羊飼いの仕事に打ち込んでいた一人の青年がいました。

その青年は、信仰心の厚い正直者でしたが、貧しく、
病気の母を抱え、思いを寄せる村娘とも結婚できず、
ただただ生活に追われる毎日…

それでも青年は黙々と働き、
感謝に溢れた日々を過ごしていました。

そんなある日、

青年はオレンジ河の近くで、光る石を見つけ、

その石を持ち帰ると、

病気で寝ている母の枕元に置きました。

すると、不思議なことに、
その日から母親は、星の輝く夜には決まって、
楽しい夢を見るようになり、
夜が来るのを楽しみにして待つようになりました。

また、
青年は、そうした母の姿を見ては、嬉しく思っていました。

ある朝、
母親が、青年に向かって、
“夕べの夢で、おまえに羊と金と馬と金を授ける…と、
夜空の星に話しかけられたよ、
それはまるで、耳元で石が喋っているようだったよ!”
…と、言いました。

青年は、話の内容よりも、
母親が嬉しそうに話をするのを見て、また嬉しくなり、

そのことを神に感謝して祈ると、

いつものように仕事に出かけて行きました。

しばらくして、母親は、夕べの夢が、
ただの夢だった頃にがっかりし始めていた頃、

民政官のニーケルが訪ねてきました。

ニーケルは、母親から夢の話を聞き、
その石を見たとたんに顔色を変え、

“この石こそが、まさに、あなたの夢を叶える石!
是非、この石を譲って欲しい。”と言い、

500頭の羊と10頭の牡牛と1頭の馬と賞金を、
交換条件に出してきました。

その青年から譲り受けた石は、83.5カラットもある、
この地方では“ユーレカ”というダイアモンドに次ぐ
2番目に大きなダイアモンドで、
“南アフリカの星”という名前を授かり、、
磨かれて46.5カラットのダイアモンドとなりました。

ニーケルは、このダイアモンドを1万ポンド以上で、
イギリスの伯爵に譲ったということです。

もちろん、
羊飼いの青年は、好きな女性と一緒になり、
母親と共に幸せに過ごしたのは、言うまでもありません。

 

 

●ダイヤモンドものがたり2 日本人とダイヤモンド

日本人が初めてダイアモンドを見た…といわれているのは、
1666年、寛文6年の頃で、
ちょうど4代将軍家綱の時代。

オランダ商船が、他の宝石とともに、
ダイアモンドの指輪を舶載して、長崎の出島に入港したそうです。

が、しかし…、

他の珊瑚やべっ甲、コハクは商談が成立したのに、
ダイアモンドは引き合いがなく、
オランダ商人は、そのままダイアモンドを持って帰った…そうです。

日本人がダイアモンドを装飾品として、
実際に手にするのは、そのずっと後…、

文明開化の頃…、なのだそうです。

 

●ダイヤモンドものがたり3 ダイヤモンドを磨いたのは…

1456年、オランダにベルケムという、
一人の宝石職人がいました。

彼はとても腕のいい職人でしたが、
貧しく、足が悪い青年でした。

そんな彼が恋してしまったのは、

よりにもよって、雇い主の娘さん…。

彼は、自分のことを考えると、
とても言い出せる筈もなく、

ただただ思いをつのらせるばかりの日々…

そんなある日、

彼は思い切って、雇い主に、
彼女を妻に、、、、と、願い出るのです。

雇い主は、そんな彼の純粋な気持ちに、
心を動かされるのですが、

貧しい彼のもとに、娘を嫁がせることには、
いささか不安もありました。

しかし、腕のいい職人である彼を思うと、
むげにも断れず、

“もしもダイアモンドを磨くことが出来たら…”と、
無理難題を持ちかけたのです。

ダイアモンドさえ磨けたら、彼女と一緒に暮らせる…

彼は、その日から、一生懸命考えるのでした。

ダイアモンドを磨く方法…

いいえ、

彼女と一緒になれる方法を、、、、です。

彼の気持ちは本物でした。

そして、ついに、

“地上で最も硬い鉱物は、やはり一番硬い鉱物で磨けばいい”

そう、

ダイアモンドをダイアモンドの粉で磨くことを、
思いついたのです。

その後、
彼の恋が実ったことはいうまでもなく、

さらに、
彼は一流の宝石職人となり、
“フロレンタイン”や、“サンシー”という、
有名なダイアモンドさえも研磨したそうです。

 

 

 

●ダイヤモンドものがたり4 デ・ビアスの創始者

世界で、ダイアモンドの流通を取り仕切っている、

“デ・ビアス社”

その創始者は、セシル・ローズという、
典型的なイギリス紳士。

セシル・ローズは18歳の頃、
自分でダイアモンドを探すのではなく、

気が狂ったようにダイアモンドを探している男たちに、
排水ポンプを売ったそうです。

当時のダイアモンドを採掘する坑道は、
わき水でびちゃびちゃにぬれていたため、

男たちはこぞって排水ポンプを買い上げ、

彼のもくろみは、見事、大当たり。

彼はその後、
現在のジンバブエにあたる、
旧ローデシアの首相にまでなり、

この国名の“ローデシア”とは、
彼の名前、“ローズ”にちなんだものだとか。

成功者は、目のつけどころが違う、、、、ようですね…。

 

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